takegrigriの今昔物語

団塊世代のじじぃが昭和時代から見てきたことを書いています

水道完備 ガス見込

「水道完備 ガス見込」とは、家を買ったり借りたりするときの設備条件を表すために、1950年代に不動産屋が広告に書いた惹句の一つです。
つまり「水道完備」とは、この住宅には水道が引かれています(井戸ではありません)という意味です。
「ガス見込」とは、将来ガスが使えるようになるかもしれませんが、今はガスは使えませんという意味です。
当時「水道完備 ガス見込」というタイトルのテレビドラマがありましたが、その中では確かガスを使っていて、なんやガスを使ってるやないか、ガス見込と違うやないかと思った記憶があります。

僕がガスを使える家に引っ越したのは小学6年(1960年)の時でした。
それまではガスを使えない生活をしていました。
今日は、ガスが使えない時代、当時の人はどうやって調理していたかということを書きます。

大阪でも大きな家に住んでいる人は「かまど」があって、それで煮炊きをしていました。
小学5年までの僕の家は小さな借家だったので「かまど」などありません。
僕の家で使っていたのは「七輪(しちりん)」(関西では「かんてき」といいました)と「石油コンロ」でした。
「七輪」は今でも炭火焼の店や居酒屋などで焼き物などに使われていますが、「石油コンロ」はほとんどお目にかからなくなりました。

「石油コンロ」は「石油(灯油)ストーブ」と混同されそうですが、調理用の機材です。
「石油コンロ」は昔の「石油ストーブ」と同じ原理で、灯油をタンクに充填し、灯油がしみ込んだ布製の灯芯をダイヤル(つまみ)を回して上に出してそれにマッチで火を付けます。
その火の火力で煮炊きするものです。
「石油コンロ」のメリットはマッチで灯芯に火をつけるだけですぐに煮炊きに使えることです。もちろん火力はガスに及ぶべくもありませんが、七輪とはあまり遜色がない火力を出します。
ただ、灯油を燃やすので少し臭うため焼き物には不向きでした。そのため、焼き物には「七輪」使うことが多かった記憶があります。

僕は小学4年ぐらいのときに母親から「七輪」の使い方を教わりました。
まず、七輪の一番下(底)に新聞紙を丸めて置き、その上に薪(まき)を割って細くしたものを置き、さらにその上にもう少し太い薪を置き、一番上に炭を置きます。そして、新聞紙に火をつけると、新聞紙が燃えて、その上の細くした薪に火がまわり、その火がその上の少し太い薪を燃やして、その薪の火で炭に火をつけるというものです。
このように七輪では炭が火力になるまで時間がかかるので、石油コンロのようにてっとり早く火力が得られる機材が好まれるようになりました。

さらに「七輪」は煙が発生するので屋外で使用せざる得ないのに対し、「石油コンロ」はほとんど煙が出ず、屋内でも使用できたので便利でした。
当時の安普請の我が家では、「石油コンロ」ぐらいの燃焼では酸欠にならずに済んだので屋内(といっても炊事場ですが)でも使えたのだと思います。
ただ当時でも、七輪で炭の替りに練炭を使って屋内でお湯を沸かしたりして、一酸化炭素中毒で死亡することは新聞などで結構報じられました。

ガスが使える家に引っ越した時、お湯がこんなに早く沸くのかと驚きました。
その後、ガス瞬間湯沸かし器が家についたときは、コックを回すだけでお湯が出るなんて魔法かと思いました。